うちの歴史を訪ねる

今日は父が小さいころに住んでいたあたりを散歩しながら、当時の話をいろいろ聞いていました。

「このあたりの桜の木には、毎日のように誰かが首をくくってぶらさがってたんや。だいたいおばあさんやったな。」

屋根は防水加工したボール紙で、壁はトタン。アジアやアフリカで見かけるスラム街のような暮らしを父自身もしていたようです。

ぼんやりとは聞いたことがあったけど、具体的にどの場所でどんなふうにというのは今回初めて知りました。

このまま上の世代からいなくなっていくと、親戚同士のつながりがなくなっていきそうというのは、父自身も心配していました。

自分はあまり人脈という言葉が好きではなくて、それは相手を手段とみなしてつきあうという意味合いを持っているから。

「お互いギブアンドテイクがしやすいように、つながった方が得ですよ!」ということなんやけろど、あとから見てそうなっていたというならまだしも、最初からそれをねらってというのは人間を人間として見ていないような気がしてしまいます。

そうすると、「親戚のつながりを作っていく」というのは、「親戚を人脈化しよう」という考えのようにも見えて、よーしそれがんばるぞー!という気になりにくいんです。

なので、「自分の知らない親戚ってどんな人なんだろう」という気持ちからまずは。

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