苦しみに立ち向かえ!
みたいなことが当たり前に言われているけれど、なんかこれ不思議やなーって思います。
痛いとか苦しいとかいう感覚は「その状態から脱せよ」という生き物としてのまっとうなアラームなので、そこから逃げるのは当然の生存戦略だったはずです。
やらなければいけないことをやることが苦しい人とやらなければいけないことをやることが楽しい人がいれば、楽しく感じる人の方がたぶん生き残りやすい。
やらなければいけないことをやっているのに苦しく感じるなんて、理にかなわないんです。
それは体が環境(世の中)についていけてないとも言えるし、環境(世の中)が体に合っていないとも言えそう。
「逃げ切れるものなら逃げ続ける」という自然な選択は、今は「逃げ切れるものなら」がなかなか成り立たないんかな?
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