「元気をもらう」への違和感

最近よく聞く「元気をもらいました」という表現に、いつもなにかしっくりこない感じをおぼえていました。

しっくりこないと無意識では感じているのに、改めて考えてみても別にどこもおかしくない。

自分の無意識はいったい何を考えてるの?

(意識と無意識は、脳のつくり上、直接情報のやりとりをすることができないのだそうです。)

長年連れ添ってきた無意識さんなんやから、もやもやするのにもなんかわけがあるんやろといろいろ考えていたら、ちょっと思い当たることがありました。

うちは小さいころから、元気がないときに元気づけられることが嫌いやったんやわ。
「励ます」とか「なぐさめる」とか、自分に対して効き目があったことがなかった。ほっといてくれた方がうれしかった。

だから今でも元気な人をさらに元気に!というようなことはしても、元気のない人を奮い立たせるようなことはしない方がいいと思ってしまうんです。

つまりしっくりこないのは、自分に「元気をもらう」経験がないからじゃないかなと。

元気のなかった人が本心から「元気をもらった」と言っているのなら、この件について思い残すことはないです。

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