孤独死とユースホステル流

ユースホステルに泊まるのは今回ので5回目やったけど、宿泊しているほかの人と話をしたのは今回が初めてでした。

コレクティブハウスでの生活ってこんな感じなんかなー。

MGユースのことを思い出しながら、時代が進むにつれてご近所づきあいが少なくなってきた背景についてまた考えていました。

・・・

お金がないと、1つのものをみんなで共同で使うというやり方が合理的になります。

テレビが珍しかった時代、テレビを持っていた人の家に押しかけて行ったそうやし、安宿ではトイレやお風呂が共同になっていたりします。

必需品が共同なら、ご近所づきあいは仮に避けたくても避けられなかったんだと思います。

ところが金銭的に豊かになると、そういったものが個人所有できるようになった。

そして、それまで近所の人の助けでやっていたようなことが、お金を払ってプロに任せられるようになった。

ここまではたぶんドイツも同じ。

さらに日本人は内気な国民性を持っているので、この「他人に頼らなくていい状況」をそのまま生かして「他人を避けること」を実現した・・・つまり、

やりたいので、できるからやったのが日本。
やりたくないので、できるけどやらなかったのがドイツ。
やりたかろうが、できないのでやらないのが途上国。

というちがいなんかな。

そして日本では、人を避けはするけど、孤独死のような完全な孤独にもなりたくないという揺り戻しもきているようです。

その解決のヒントになりそうなのは・・・

  • 日記さん 2種類のあいさつ気質
    (日本でも田舎の人が道であいさつをするのは、外の人を受け入れるためではなく、コミュニティの中で自分の身を守るためという話。)

「自分を守るために他人が必要」という人同士でコミュニティを作ること・・・かな?

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