悟りを開くとは?

お釈迦さんが山にこもって修行をしたりして、最後に「悟りを開く」っていう状態になったりするけれど、これって具体的に何がどうなることなんかな?

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本当のところはどうかわからないけれど、自分がお坊さんだったら、修行中に何をして、どうなったときに山を下りるか考えてみました。

まず修行中にやることは、こんな2段構えになりそう。

(1)世の中と、その構成要素である人はどうあるべきかを考える。
(2)そのあるべき姿になるためにどうすればいいかを考える。

ゴールを決めるのが(1)で、そこまでの道筋を考えるのが(2)。

たぶんこの(1)が重要。
知っている限りのケースでシミュレーションをして、矛盾のない答えが見つかったら、たぶんこれだけで「悟りを開いた感」があると思います。

もうここで山を下りてしまってもいいかもしれない。

(2)の答えは、実際の人に会ってナンボのところがあると思うので、山を下りるタイミングは(2)の草案ができたぐらいかな?

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山から帰ってこなかったら察してください。

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