まず矛盾(むじゅん)っていう故事成語に出てくる矛盾について考えてみます。
この矛はどんな盾も突き通す→←この盾はどんな矛でも突き通せない
さすがに本家本元だけあって、直接矛盾が見えてます。
次の例。
雨なんか嫌い。降らなければいいのに。
といいつつ、米を食べる。
雨が降ってほしくない→米が育たない→←米を必要としている
矛盾に至るのにワンクッションはさまるので、これを「距離1の矛盾」と呼ぶことにしましょう。
雨なしで米を育てる追加のアイデアとかがなければ、ただのわがままになります。
このぐらいの「矛盾距離」だと瞬間的に「この人無責任なことゆうてはるな」ってわかるけど、距離が増えれば増えるほどだんだんそれがわからなくなってきそうです。
風は吹いてほしくないけど、桶屋はもうかってほしいとか。
・・・
この前ラジオでゲストの人がこんな話をしていました。
「都会の満員電車の通勤なんて、そもそも人間の体に合ってないよ。ばかじゃないの?」
矛盾してるとしても距離がずいぶんありそうであまり自信はないけど、人間が人間の体に合わない暮らしになってきているもともとの原因って、ほかの生き物が手をつけてこなかったみんな生きるようにという姿勢にあるんじゃないかなと思っています。
もしそうだとすると、その姿勢の反対の「この人病気がちだから、早く殺した方がいいよ」みたいなことをふだんから考えていない限りは、追加のアイデアも出さずに体に合ってない暮らしについてとやかく言う資格は本当はないのかもしれません。
それはそれとして。
自分でも、距離が遠すぎて気づいていない矛盾っていろいろやってるんやろなあ。
コメント