パプアニューギニア旅行記(18)-部族闘争

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パプアニューギニアでは、20世紀中ごろぐらいまで部族闘争が盛んでした。

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「戦いの前には豚を殺して食べて、ここでその豚の頭を精霊に捧げていました。」

戦いのとき、女性と子供は「女の洞窟」というところに、作物の種とかとともに隠れて、村が焼け野原になったあとに再生できるようにしたのだとか。

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そして男性は「男の洞窟」を砦にして戦ったのだそうです。

人間用の矢には「返し」がついていて、抜くと内臓が出るようになっています。

そして病院には、今でも弓矢専用の科があるのだそうです。

部族闘争は今では法律で禁止されていますが、法律より慣習が勝つということで、なくなってはいないようです。

パプアニューギニア旅行記(17)-ミカタさん

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今回のツアーで、現地の宿の手配とかをしてくださったのが、現地スタッフのミカタさん。

現地の方と結婚されて、パプアニューギニア在住11年の女性です。

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この国では結婚をするときに、富の象徴である豚を結納品?として奥さんの実家に贈ります。
(もし離婚をした場合、その豚の返済義務が生じるそうで、簡単には離婚に踏み切れないようになっているのだとか。)

ミカタさんは日本で豚を受け取るわけにはいかないので、結納品は何もなし。だんなさんはそれをとてもよろこんでいたそうです。

ミカタさんは、ゴロカでおみやげ屋さん兼ツーリストオフィスをされていて、

帰ってきてから見たNHKのグレートサミッツにも、現地案内役としてちょっと映ってはってびっくり。

今回の現地情報はほとんどこのミカタさんから教えていただいたものになります。

パプアニューギニア旅行記(16)-家を焼く

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モコモコの村を案内してもらっているとき、円の描かれた空き地がありました。土俵かな?

「実はここ、最近夫婦げんかで家を焼いてしまったんですって。」

それは大変><

・・・と思ったのですが、その翌日その夫婦はなかよくトランプで遊んでいたといいます。

こっちで家を焼くというのは、日本でいえばお皿を投げるのと同じぐらいの感覚なのだそうです。

パプアニューギニア旅行記(15)-モコモコとマッドマン

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この国の部族はそれぞれシンシンと呼ばれる独自の踊りを持っています。
(シンシンは英語の"sing sing"が語源のピジン語。)

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コレコレト村のシンシンは、モコモコ。

ひょっとこみたいな仮面をかぶった人が、ぼそっと「モコ」とつぶやきます。

後日現地ドライバーさんが、大通りからこのコレコレト村に入る道を指さして、「ここモコモコ」と言っていました。

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ゲレミアカ村のシンシンは、マッドマン。

ここの人たちはかつて戦いによく負けていた部族で、あるとき敵から逃げていると、転んで泥まみれになってしまいました。

それを見た敵が、怨霊が生き返ったとかんちがいして逃げ出した・・・ということがあったそうです。

でもこのシンシンはそういう演目ではなくて、敵を襲って相手の村に火を放つという勇ましい戦士たちの物語になっていました。

パプアニューギニア旅行記(14)-現地の言葉

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パプアニューギニアには、たくさんの部族の方が住んでいて、それぞれ独自の文化を持っています。

言語もばらばらなのですが、共通言語として使われているのがピジン語。

外から来た人から聞いた英語やらドイツ語やらを雑多に混ぜて自然発生的にできたものらしく、イメージ的には「カフェでトゥギャザーしようぜ!」みたいな感じかも。

「いっしょに行きましょう」はピジン語で「ユミゴー」というのですが、それは"you me go"から来ているそうです。

文法体系がゆるくてお手軽な分、ちがう内容を伝えるのに同じ文章になってしまうなんてことも多そうな気がしますが、部族の言葉でなくピジン語が第1言語という子供も最近はでてきているそう。

あと、英語も小学校で教えていて、授業も全部英語。なので、ある程度若い世代の人たちは英語もできるようです。

いろんな部族の人がいる場では、同じ部族の中でもピジン語で話します。部族でしか通じない言葉で話すと、何か悪口を言われているのではないかと思わせてしまうからだそうです。