サハラ砂漠縦断回想録(8)-状況整理と助かり方の妄想

2002.01.08(火)の話です。

以前ラオスのジャングルで車が動かなくなったとき、巻き込まれた現地の人たちはその状況に慣れているからか、対応に余裕が感じられました。

が、今回はちがいます。明らかに悲嘆に暮れているというかがっくり肩を落としているといった様子です。何か通信機で連絡を取っているような人もいません。

「お前日本人だったらトヨタのことわかるだろ?」

ただの旅行者に望みを託そうとするぐらいどうしようもない状況なのかとこれでわかりました。ネジがゆるんではずれたのならまだしも、折れた車軸は仮にトヨタマスターがこの場にいたとしてもどうにかできるとは思えないし・・・

ここまで平均時速30kmぐらいだとすると、進んでも戻っても200km以上町がないことになりそう。1月で、昼間の気温が体感で28℃ぐらいまでしか上がらないのが救いやけど、自力で助かる道はたぶんない。

夕方、ヨーロッパの人たちのとおぼしき車がキャンプしているのをはるか遠くに見かけたけれど、ここからずいぶん海岸寄りだったので、内陸を通ってきているこちらとはルートがちがいそう。待っていてもたぶんここは通りがからない。

逆にここを通りがかる可能性が一番高そうなのは、このパブリックカーの別便かな。運行頻度がわからないけれど、次の便か対向から来る便か。ただ、それも満員で走ってくるはずなので、空きに乗せてもらえるということは期待できない。

もしこの先助かることがあるとするなら、

  • まず発見だけされる
  • 町に遭難の事実が伝えられる
  • 救助の車を出してもらう

という流れが一番ありえそうかな・・・
無線連絡ができないとすると、それぞれに1日ずつかかる感じになるやろか・・・

そもそも貧しい国では医療も満足に提供されないところだってあるし、救助に期待するというのは先進国でしか通用しない発想だったりして。2人乗りの普通車に25人をぎゅうぎゅう詰めにしてまでコスト削減しようとする国に、手間ひまかけて救助を出す余裕なんてあるんやろか・・・

いや、仮に人の命が軽く扱われたとしても、このランドクルーザーを回収するためだったらコストが見合うと判断されるんじゃないか。

今は食料を捨ててしまって水しかないので、とりあえずできることは体力の温存だけでした。

サハラ砂漠縦断回想録(7)-遭難

2002.01.08(火)の話です。

パブリックカー

ヌアディブからヌアクショットに向かう「パブリックカー」は、満員になるまで出発しないアフリカンスタイルに準拠した公共交通手段でした。正式名称不明。

車はトヨタのランドクルーザーで、本来は運転席と助手席の2人乗りの車なんですが、助手席に2人・屋根に4人・荷台に18人の計25人乗りでようやく「満員」となりました。出発は確か正午ごろ。

自分は荷台の左の一番後ろのふちに内向きに腰かけるポジションだったんですが、つらいのが床に片足しかつけなくて安定した姿勢が取れないこと。道なき荒野を行くので、ときどき岩盤の段差なのか落ちていた石なのかで大きくバウンドします。

砂でタイヤが空回りして、何度かみんなで降りて車を押すこともありました。

最初3日分の食料をビニール袋に入れて持っていました。体勢的には太ももの上に置くしかなかったんですが、何時間もゆられると重みからくる痛さに耐えきれなくなってきたので、ペットボトルの水だけを残してすべて砂漠に捨ててしまいました。

神罰

モーリタニアは、モロッコなど北アフリカ諸国と同じくイスラム教の国です。自分以外は現地の方なので、時間になるとみなさん車から降りてメッカに向かってお祈りをします。

車は日が暮れてまっ暗になっても走り続けていたんですが、21時ごろに何かかたくて大きなものを踏み越えたのか、この日最大のバウンドがあって車が動かなくなりました。

また降りて押さないとと思っていると、誰かが後ろの方に走っていってタイヤを転がして戻ってきました。

ああ、このタイヤを踏んだのか。

と最初は思ったんですが、車軸の部分が熱で赤く光っています。

え、もしかして、このタイヤってこの車の・・・?車軸が折れた!?

「お前がちゃんとお祈りをしないからだ。」

追記 2023-08-11

リアルタイムメモが見つかったので、詳しい情報を補足しています。

サハラ砂漠縦断回想録(6)-4つの選択肢

2002年1月の話です。

ヌアディブの南は、首都ヌアクショットまで500kmほど町がありません。

今Googleマップで見ると道がつながっているけれど、この道路ができたのは2005年のことだそうなので、当時はただただ荒野が広がっていただけです。

ここをどうやって越えるかが、サハラ砂漠大西洋岸ルートの最大の難関でした。

選択肢1:ヒッチハイク

ヌアディブでは、「キャンピングホテル」というスタイルのところに滞在していました。

主にマイカーで砂漠越えをする人のための宿で、塀で囲われた敷地に車を乗り入れることができて、客室は相部屋になっています。

自分と同じ日にダクラから移動してきたヨーロッパの方たちもいっしょに泊まっていたので、まずここでいろいろ話を聞くことができました。

ヨーロッパで車を買って、自力で砂漠を越えることができれば買った値段よりも高くで売れるので、その差額で旅を繰り返すことができるということ。

砂漠はどこでも自由に走れるわけではなくて、地形的に通れないところもあるので、現地ガイドを雇わないとうまく抜けられないということ。

そして、ヌアクショットまでの移動の間に2泊するということ。

ダクラからここまでと同じように、この方たちの車に乗せてもらうこともできたとは思うんですが、お世話になりっぱなしだと申し訳なさすぎるのでこの選択肢はなしとしました。

選択肢2:貨物列車

前回出てきた貨物列車に乗ってアタールという町まで行けば、そこからヌアクショットまで舗装路でつながっているらしいという情報がありました。

選択肢3:パブリックカー

砂漠を越えてヌアクショットに向かう「パブリックカー」というものがヌアディブの町から出ているという情報がありました。

選択肢4:飛行機

町を歩いているとプロペラ機のようなものが飛んでいるのを見かけたので聞いてみると、飛行機でヌアクショットに行くこともできるようです。

さいころを振ってみる

当時ほぼ毎日ネットカフェに通っていて、自分のホームページの掲示板にリアルタイムで生存報告をしていたんですが、その掲示板にはアクセスカウンターを設置していました。

選択肢2〜4のうちどれにするか、翌日開いたときのアクセスカウンターの数値を3で割ったあまりで決めようと掲示板に投稿。

その結果、パブリックカーが選ばれました。

苦手なフランス語での情報収集だったので、その時点ではそれがどんなものなのか正直よくわかっていませんでした。

サハラ砂漠縦断回想録(5)-ヌアディブの町

2002年1月の話です。

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ヌアディブの町を歩いていると、長い列車が走っているのを見かけました。

内陸のズウェラ鉱山からこの港町ヌアディブまで鉄鉱石を運んできているとのことですが、帰りは貨車が空になるのでそこに無料で乗れるのだそうです。

西サハラとの国境からここに来る間に車で越えた線路は、この鉄道のものだったみたいです。

何年もたってから知ることになるけれど、これが世界一長い列車なのだそう。約200両編成で長さ2kmほど。

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ヌアディブはモーリタニア第2の町ということなんですが、鉱山の積出港になっていることでかろうじて人の住んでいるようなところに見えました。

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ダクラもそうだったけど、この町は衛星通信でインターネットとつながっていて、ちゃんとネットカフェもありました。

あと、この町では中国人の評判が相当悪いらしく、自分も中国人と思われたからか、何もしていないのに子供から石を投げられそうになりました。幼稚園バス?の子から中指を立てられたりも。

サハラ砂漠縦断回想録(4)-砂漠のカーチェイス

2002.01.05(土)

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西サハラ・モーリタニア国境で朝を迎えました。

いきさつを覚えていないんですが、ダクラから乗せてもらっていた車はここ以降なぜか思い出に登場しません。

国境のキャンプ地からモーリタニア側の入国手続きをする建物までは少し離れていて、そこまでは別の車に乗せてもらって移動しました。

場所はここかな?だとすると西サハラ(モロッコ)側の施設から4kmぐらい。

手続きの間、車にバックパックを置いていたんですが、自分が戻る前に車が出発してしまいました。
待って!!

あわてて近くにいた車の方に話をすると、乗せて追いかけてもらえることに。

おかげで無事に追いつくことができて、荷物も取り戻せました。助かりました!!

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結局ヌアディブまで、そのままこの方の車に乗せてもらうことになりました。

途中踏切のないところで線路を横断するんですが、レールを乗り越えるために一時的に車高を上げるしくみが車に備わっていてびっくり。車内からレバーで操作できます。

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車からの写真のタイムスタンプからすると、この日のヌアディブ到着は夕方だったようです。まだ日は暮れてなかったと思うので。

追記 2023-08-11

リアルタイムメモが見つかったので、細かい時刻を補足しています。